海辺の古民家 ── 三木浦ゲストハウス

賀田湾に迫る山の緑が美しく、風光明媚な三木浦町は、真鯛の養殖や伊勢海老漁の盛んな漁村。古くから遠洋漁業の基地として栄え、その活気あふれる漁師魂が今も住人に受け継がれています。度重なる戦を経験した三木城跡や昔日の面影を残すかつての集落跡など、歩けばまちの歴史がそこかしこに。まちの隅々に出合いと発見を秘めています。
三木浦ゲストハウス[旧奥地邸]は、昭和レトロな古民家と眼前に広がる海景色で、一日一組限定の貸し切り宿泊を楽しめるところ。時間を忘れ、海辺の隠れ家で思いのままお過ごしください。

旧奥地邸(しちのすけや)について

昭和25年建築の旧奥地邸は、約10年間暮らしが途絶え、空き家になっていました。その後、家を再生するプロジェクトが立ち上がり、奥地家からお借りすることができ、多くの人々の力添えを得て、2014年9月、ゲストハウスとして活用されることになりました。宿泊するみなさんが旧奥地邸の「一日家主」です。人のにぎやかな声で、この家もまちの暮らしの一部としてよみがえります。

築年数

60余年[昭和25年建築の古民家]

構造

木造瓦葺き在来軸組工法

間取り

1階…和室6畳、床の間書院付き8畳、食堂板の間、神棚のあるロビー、土間&かまどの台所、シャワー付きヒノキ風呂の浴室、洗面所付き水洗トイレ

中2階…小さな図書室

60年の時を越えて

奥地汽船の邸宅として建てられたときには、家と海の間の道はなく、「家から下りると海。すぐに泳げました」と、あるじの奥地弘子さん。まるで庭は船着き場のようで、海風も通り、のんびりボーッとするのにはもってこいの場所だったと当時を懐かしく思い出します。

奥地汽船は東南アジアへの外航船や九州や東京へ砂利・石炭を運んだ内航船を就航していた会社。多いときには4杯の船を運行していました。

まだ海との間に車道がなかった頃の奥地邸

奥地汽船の船「義宗丸」の進水式の様子

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